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【再掲】岐路に立つ国技ムエタイ~庶民のギャンブル場からの脱皮を目指す(CGSのセミナーから)

  • 執筆者の写真: akiyamabkk
    akiyamabkk
  • 2023年12月21日
  • 読了時間: 12分

更新日:2023年12月22日


※2021年7月7日投稿したものを再掲する。


内容は、6年前に開かれたムエタイとギャンブルとの関係を考えるシンポジウム。ギャンブル依存症問題に取り組む専門家の他、オリンピックでタイに初めて金メダルをもたらした国民的ヒーロー、ソムラック・カオシンがパネラーとして出席している。ソムラックは、子供の頃からムエタイで一家の生計を助け、のちに、アマチュアボクシングに転向した人だから、ムエタイとギャンブルの骨がらみの関係は百も承知している。


現在、ムエタイは、二つの代表的スタジアム(ルンピニ、ラーチャダムヌン)が足並みを揃えて、ムエタイの脱ギャンブル化、エンタメ化に舵を切っている。ルンピニスタジアムでは、世界的な人気となったワンチャンピオンシップが「ワンルンピニ」をスタートし、来年早々にも、那須川天心に惜敗したロットタン選手とK1元王者武尊が対戦する良カードが実現する。もう一つのムエタイの殿堂、ラーチャダムヌンスタジアムでは、世界から強豪を招いて、ラーチャダムヌンワールドシリーズ (RWS)が始まった。両スタジアムとも、キックボクシング流の会場演出を導入し、好戦的なファイティングスタイルを奨励するなど、伝統的なムエタイからの脱皮路線をより鮮明にし、それなりの成果をあげている。大体、このシンポジウムで示された方向にムエタイ業界は進んでいるようだ。


一方、オンラインギャンブルの取締りに関しては、2020年に大きな摘発があったものの、ネットで検索すれば(例、キーワード Muay Thai Online Betting)、ラウンドごとにリアルタイムでベティングできるサイトが、たちまち10数箇所出てきた。ムエタイ会場でのギャンブルは、ラウンドごとにハンドサインで賭金を受付けてオッズもその都度変わるので、試合中にベティングできなければ、従来からのムエタイ賭博ファンには物足りないのである。オンラインギャンブルに関しては、摘発側と、違法サイトとのイタチごっこがまだまだ続いているようだ。


それでは、以下、シンポジウムの抄訳。現在でも、ムエタイとギャンブルの関係を知る上で、重要な情報、論点、提言を含んでいると思うので、改めてアップする。


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タイの国技として名高い格闘スポーツ、ムエタイだが、その内実は、貧者のスポーツとして中間層以上からは一段低く見られ、庶民がギャンブルの対象にできる少しばかりいがわしい娯楽というイメージが強かった。だが、この10年、競技の国際化やテレビの有力コンテンツ化、ネット配信、オンライン化によるギャンブル市場の拡大など、様々な新しい波にさらされ、国技ムエタイが新たな脚光を浴びている。今、コロナウィルスの大流行によって、度々興行の中止に追い込まれ、難局にあるムエタイ業界だが、この新しい流れは止まりそうにない。ここでは、4年前、CGS(タイ賭博問題研究センター)が主催したセミナーでの議論を中心に、国技ムエタイに訪れた新しい流れを紹介してみたい。


セミナーは、2017年、タイ賭博問題研究センターの主催で行われた。パネラーは4人。


ラタポン・ソーンスパープ(ランシット大学助教授)

ソムラック・カムシン(金メダリスト、元ムエタイボクサーで海軍少尉)

タナトーン・コムカルット(ストップギャンブル基金)

ヌアンノーイ・シリラット(賭博問題研究センター理事長)



〇ヌアンノーイ・シリラット氏(賭博問題研究センター理事長)


※ある論文がありまして、この論文はムエタイのフィットネスジム化を提言しています。従来のムエタイのイメージは、ギャンブルと骨がらみで、上半身裸の男たちが汗まみれになってする野蛮な格闘技で、一部の愛好家にしか関係のないスポーツというものでした。しかし、ムエタイが健康のためのエクササイズ、フィットネスの場となることで、イメージががらりと変わりました。」


※ณัฐพัชญ์ ทีฆโชติคุณานนท์ “มวยไทยจากค่าย ‘สู่ยิม-เข้าฟิตเนส’ ”


「みなが健康を気遣い、食事を選び、脂肪分を減らし、運動を心がける時代になりました。若い人たちは、フィット&ファームな肉体を目指して、ヨガやエアロビクス、コンバットゲームやジョギングをする、そのひとつとしてムエタイを選ぶのです。今、健康とダイエットのためのムエタイがブームになっていまう。どこのムエタイジムも『面白くて安全、ダイエットができる』を宣伝文句にしている」


「ペット先生、本名チャルントーン・キャットバーンチョーンさんは、ルンピ二スタジアムのムエタイチャンピオンでした。2004年、この名ボクサーがムエタイのイメージを変えました。チャルーントーンムエタイジムを開き、フィットネスのためのムエタイを教え始めたのです。重要なのは、多くの有名人、スターたちの間で、ジムの評判が口コミで広がり、彼らがフェイスブックやインスタグラムに写真をアップすることで、大きなブームを作ったことです。トノ―・パーキン、ウンセン・ウィリティパー、チィヤップ・スーピタナパー、などの人たちがムエタイを始めました」


※チャルントーン・キヤットバーンチョーン。ジュニアバンタム、フェザー、ライト級の三階級で、ルンピ二スタジアムのチャンピオンとなった。


「またスポーツエンターテイメントとして、<タイファイト>という番組が生まれました。華々しい舞台演出に力をいれ、従来の5ラウンド制から3ラウンド制にルールを変えて、エキサイティングな試合展開を促しました。ムエタイがより注目を浴びるように努力を重ね、国内外でムエタイ番組の視聴者を増やしました。」


「こういう努力がムエタイのイメージアップに貢献し、他国のスポーツと同じレベルにまでムエタイを押し上げたのです。今、タイ国内にムエタイアカデミーが20か所から30か所あり、ブランチも合わせれば100を超えるでしょう。運動やダイエットのためにムエタイを習うことが簡単にできるようになり、練習する人も急増しています」


〇ラタポン・ソーンスパープ氏(ランシット大学助教授)


「ムエタイ業界とギャンブルについてお話します。国際式ボクシングには4つの世界団体がありますが、ムエタイは世界的には、キックボクシングと呼ばれ、これはムエタイと空手、クメールボクシング、国際式ボクシングを合わせたようなものです。2017年時点で、タイ国内にムエタイジムが1762か所あり、外国には3869か所ある。デジタルテレビの時代に突入し、ムエタイを中継する番組は13チャンネル。一つの番組が4試合中継するとしても、一週間で50試合がライブ中継される計算になる。年間2500試合です。見る側は二つのグループに分かれていて、ギャンブルのために観戦する人たちと、エンターテイメントとして試合を楽しむ人、例えば前述のタイファイトなどを見るのは後者の層ですね。タイ人と外国人との闘いを見て楽しむのです」


「省庁再編で観光スポーツ省が発足したとき、仏歴2542年(西暦1999年)ムエタイ法で、ムエタイに関する規則を定めています。海外でムエタイが広まるとともに、ムエタイのビジネスとしての可能性も急激に高まりました。デジタル放送の開始は、ムエタイマーケットを深く広く変化させました。広告価値が飛躍的に向上したのです。結果として、ギャンブルのためにムエタイを見る層と、娯楽のために、時には愛国的な動機でムエタイを楽しむ層と(タイ人が外国人を倒すストーリを売りにするタイファイトなどの手法を指している)がはっきりと分化したのです」


「ムエタイ賭博に関しては、年間400億から500億バーツが動くとされています。認定スタジアムと、政府が特別に許可を出したスタジアム内では、ムエタイを対象に賭けをすることが許されているのです。合法賭博に関しては、年間130億バーツから140億バーツが動きます。また、ムアイトゥー(※棚=トゥーの中のムエタイ、テレビを見ながらムエタイの試合に賭けることをこう呼んだ)など、電話やオンラインを利用した違法賭博で、280億バーツから360億バーツが動くとされています。ムエタイギャンブルを、スタジアム内で行われる合法的なものから、オンラインを利用した全国的な違法ギャンブルネットワークにしたのは、シエンフ―と呼ばれる、ギャンブル仲介の専門家たちです。」


「多くのムエタイ業者が口をそろえて言うことは、現在、ムエタイはギャンブルでもっているようなものだということです。スタジアムに見に来る観客の9割は、ギャンブルをやりに来る。ムエタイ一試合につき、1000万バーツ以上の金が賭けられ、試合はギャンブルを中心に動くといいます。プロモーター、ジムのオーナー、選手、仲介人が共謀して八百長や、審判の買収が行われることもある」


「ムエタイ業界は二つの点で改善する必要があります。第一に、1999年ムエタイ法が定めた基準に則って、スタジアム、ジム、選手個人が、公正さ、福利厚生、不正をただすための処罰を実現するために、自らを変革する必要がある。第二に、ビジネスの競争で生き残っていくために、改善しなはならない点です。これはマーケティングとギャンブルとの関係に関わってきます。3ラウンド制のスポーツエンタメとしてのムエタイが、テレビ中継のマーケット、スポンサーに浸食してくる一方で、従来の5ラウンド制のムエタイは、賭博という慢性的な問題を抱えながら、観客数の減少に歯止めがかかりません」


「ムエタイを管理するために、既存の法律をどう使っていくか、あるいは、現行の法律で十分なのかどうか、考えてみる必要もある。また、ギャンブルに関しては、社会的な悪影響を及ぼさないために、若者への教育であるとか、しっかり進めていく必要があると思います」


〇ソムラック・カーオシン氏(海軍少尉、オリンピック金メダリスト、元ムエタイ選手)


「ムエタイはタイの伝統的国技、すぐれた武術でありますが、貧乏人にとっては生活するおお金を稼ぐための手段でもあります。ムエタイのリングに上がるためには、最低でも1000バーツを賭けることが必要で、父はそのお金を借金して工面していました。ムエタイは村のお祝いの行事の時などに行われます。ムエタイの試合があると、村人が総出で応援します。3ラウンドで試合をしてノックアウトしないと引き分けになる。私はテレビでムエタイをおぼえました。父がテレビのムエタイに賭けていたので、それを見て、戦い方を覚えたのです。ムエタイが好きになったのは、試合をすると30バーツもらえたからですね。当時の私たち家族にとっては、大きなお金でした。初めての試合で家族のためにお金を稼げて、優秀選手のトロフィーをもらうことができました。いいムエタイの選手になるためには、懸命に練習し、意思を強くもつことです。父は私に「自分の職業を汚すようなことはするな。絶対に八百長だけはしてはいけない」といつも言っていました。」


「ギャンブルは規模が大きくなるほど面白くなります。だれが勝つか予想するのはシエン(※ギャンブルを仲介するムエタイの専門家、予想師)ですが、レフリー次第で予想が外れたり、当たったりします。ですので、八百長があるときはレフリーも不正に関与しているのが普通です。だから、不正があった時はレフリーも罰する必要があると思う。タイスポーツ公社がどういうルールを定めても、ムエタイ業界を牛耳るマフィアの利害に関することなので、取り締まることはできないでしょう。ギャンブルの対象にならなければ、八百長が行われることもない。これははっきりしていますね。」


「ムエタイの試合を見る目がある人は、だいたいみんな賭けてます。ギャンブルで問題なのは、現金ではなくクレジットで賭けることです。借金が膨らめば問題化して、ほかの面に波及していく。現金で賭けていれば、自分の限界がわかるから、家族に迷惑をかけない程度に自分をコントロールすることができるでしょう」



〇タナトーン・コムカルット(ストップギャンブル基金)


「私は、政府がとるべき対策について意見を述べたいと思います。目的は、個人、家族、社会をギャンブルから守り、限度を超えてギャンブルに依存したり、八百長を仕組んだする問題が起きないようにすることです」


「大事なのは、ギャンブルを、1.やりすぎない、2.狂わない、3.誘わない、4.八百長をしない、5.子供を犠牲にしない・・・この五つの原則ですね。まず、自制心を働かせてギャンブルをする頻度を抑えること。二番目に、ギャンブルが簡単にできる環境が身近にあると、やる回数も増えるし、我を忘れて大きな金額をかけてしまう。こういう環境を作らないこと。三番目は、ギャンブルに誘う宣伝をさせないこと。4番目は、ギャンブルが公正に行われること。不正なやり方で利益を得る輩を許さない。最後に、青少年から搾取しないこと。この五つの原則が重要だと思います」


「政策として私が提案したいのは、プロスポーツの透明性を確保するために、ギャンブルからスポーツを切り離すための独立機関を作ることです。プロサッカーにおけるスポーツレーダー、プロテニスにおけるTIUのような組織ですね。ギャンブルと関係しがちなプロスポーツ界に透明性を確保するためには、ムエタイにも同種の組織が必要だと思います。大事なのは、業界団体に依存せず、業界と利害関係のない独立性のある組織を作ることです」


「ギャンブルが社会に及ぼす影響を鑑みて、すべてのギャンブルを管理するための国家レベルの委員会を作って、社会政策を立案するべきだと思います。例えば、スポーツのテレビ中継がある時には「ギャンブルはやめましょう」というキャンペーンCMを必ず流すとか、相談センターを作ってカウンセリング受けさけるとかですね。他国でやっているように、問題のある個人、依存症の人などをギャンブルに近づかせないように、本人や家族、業界関係者に徹底させることです。」


「保健省、教育省、財務省、社会開発人間安全など関連省庁が協力して、度を越したギャンブル依存の害悪を子供たちに教えたり、依存症の人のカウンセリングを行う動きがあることは、評価したいと思います」



セミナーの内容はこのくらいにしておくが、パネラーたちの率直な言葉から、国技とは名ばかりだったムエタイ業界のお寒い現実が垣間見えたことだろう。だが一方で、パネラーたちは、庶民の小博打の場(といっても動く金は大変なものだが)から脱皮して、国際スポーツ化、エンターテイメントスポーツ化することが、これからムエタイが進む道だと、はっきりと示唆しているのである。この10年間で、ムエタイのイメージアップ、「国技として誇れるムエタイ」の再構築の努力が確実にあったのだ。


しかし、国技ムエタイの将来はバラ色というわけにもいかないだろう。コロナ感染の拡大により、スタジアムでの合法賭博に依存して集客する従来型のムエタイは、ますます退潮する傾向にある。一方で、合法賭博をはるかに上回る金が、オンラインによる違法ギャンブルに流れ込むという新しいタイプの社会問題も表面化しているのである。


オンラインギャンブルは、タナトーン氏の言う、ギャンブル依存を起こさせないための「五つの原則」全てに逆行する、もっとも人を狂わせやすいギャンブルである。ムエタイは、新たな社会悪の温床として指弾される可能性さえあるのである。コロナ禍が収束しても、国技ムエタイの前途は多難と言わざるをえないだろう。


<了>


参考


CGSのセミナー記事


CGS セミナー動画

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