今月の表紙・・・タイ東北部のオバケ文化を深掘りする(サラカディー誌2023年8月号)
- akiyamabkk

- 2023年9月26日
- 読了時間: 6分
更新日:9月4日

タイの文化、芸能、芸術、政治、環境、社会問題などなど、幅広いテーマを取り上げて、ハイクオリティな写真と共に深掘りしてくれる月刊誌、サラカデディー誌。今回のテーマは、タイ東北部の精霊(ピー)信仰である。「信仰」と言えば聞こえがいいが、オバケ、妖怪、魔物の類の、イサーン人の精神の基層を支配する混沌、雑多な迷信的なものへの信頼と恐怖を、マニアックだが真面目な視点で解説してくれている。
私などは、この特集のおかげて、ピーカ、ピーポープ、ピーパオ、ピーポーン、ピーコンコーイなどなど、水木しげる張りに個性豊かなタイの妖怪世界に少しだけ触れることができた。上に挙げたのは、イサーン(タイ東北地方)南部に伝わる妖怪だが、ざっと紹介しておくと、
<ピーカ> 女性の体に憑依して浮気者にさせる妖怪。このピーに取り憑かれると、女性は昼間は家に引きこもるようになり、肌は黄ばんで器量が落ちるが、夜になると美しい女性に変貌して着飾って外出し、夫もたぶらかされて、妻の浮気を公認するようになる。村に普通にありそうなゴシップが、ピーの仕業にされているという印象を受ける。
<ピーポープ> 他人の体に入り込んで内臓を食べてしまうお化け。おそらくここにあげた中で、一番ポピュラーな妖怪だろう。呪術の修行中、戒律を破り、私欲に走った、破壊の修行者がこれになる。性器を肥大させ家庭に不和を持ち込んだり、美しい染め物を販売して利益を独占したり、病気を治療して法外な金を要求したり、共同体に様々なトラブルを持ち込むので、村人から嫌われる。時に、自らの肉体から出て、他人の体に乗り移り肝臓を食べ血を啜り、乗り移られたものは衰弱して死んでしまう。日が暮れてから、大きな木の下にある三叉路や四辻を歩くときは気をつけないといけない。大きな豚、馬、猿などに憑依したピーポープが、「美味しそうな肝はないかな」と獲物を狙っているからだ。狙われるものの多くは女性である。近親者がピーポープに取り憑かれると、呪術医を読んで、バナナの茎で体を叩いたり、ワーンファイ(薬草の一種だろうか?)で突いたりして、ピーポープを体から追い出し、「もう2度と取り憑きません」と誓約させる。西洋でいう悪魔祓いの儀式とどこか似ているようだ。
現代の民俗学者や社会学者の意見では、ピーポープは、村の秩序を乱すものに着せられる汚名であり、異分子を村八分にして追い出すことで、村の秩序を維持する機能があったのだという。しかし、私個人の印象だと、現在、村でピーポープとされる人物は、一人暮らしの老女や精神病の罹患者などが多く、何かの事情で、他人と関係していく能力を失った人物が、ピーボープにされているという感じがする。相互扶助の精神が希薄になった共同体は、村の最底辺に存在する弱者に無関心でいる理由が欲しいのかもしれない。ピーポープの社会的機能も、以前とは少し違ったものになっているのではないか?
<ピーパーオ、ピーポーン> ピーパーオは、ワーンクラチャーイ、ワーンサームパンドゥンなどの呪術に使われる薬草の効果で人体に憑依する。ピーパーオが憑依すると、刀で刺しても肉体は傷付かず、兵士は不死身の体になる。生肉、血のラープなど生の食物を好むが、生肉の摂取が間に合わないと、依代となった自身の体や、他人の肉体を襲って食べる。この精霊に取り憑かれると、人付き合いをしなくなり、夜、徘徊して雨蛙などを取って食べるようになる。ピーポーンも同じような習性を持つので、ピーパーオと並び称されることが多いが、ピーポーンに取り憑かれた場合は、鼻から白い光線を出すのだそうだ。
<ピーコーンコーイ> 森に住む妖怪。人間の姿に似ているが背丈は小さく、大人の膝くらいまでしかない。痩せていて、口は尖り、顔も細く、髪は足元まで伸びている。足の指は3本しかなく、踵が前を向いてついている。だから、ピーコーンコーイの足跡があれば、踵の方向が、進行方向である。体は小さいが、霊力は強く、この妖怪が通ると、大きな木がザワザワと揺れる。体を大きくして、大石を持ち上げることもできるし、美しい女性(男性も?)に変身することもできる。
<ピープラーイ> 妊婦の血を吸う妖怪。この妖怪が家にいると、病者の死期が早まると言われている。お産を間近に控えた家では、ピープラーイを家中に入れないために、周囲に荊を張り巡らせ、妊婦の側には常に人がいて警戒する。ピープラーイのプラーイとは、水泡の事で、船乗りがよく見る女性の妖怪に同じ名前のものがいるが、直接の関係はないという。
・・・などなどが、今号のサラカディー誌で紹介されている南イサーンの妖怪たちだ。文章に添えられた挿絵がなかなかに印象的なのだが、著作権の関係でここに転載できないのが残念だ。
タイでもここ最近、ハロウィーンを子供たちが楽しむようになり、西洋のお化け祭りに合わせて、ホラー映画がいくつも公開された。そのうちの一つ、「サッパロー」という映画が公開からわずか三週間で興行収入6億バーツ(約24億円)を突破する記録的大ヒットなとなっている。もう一つのお化け映画「ティーヨット」(お化けの名前である)は、「サッパロー」があまりにヒットしているため影が薄いが、第一週で興行収入1億バーツに達する上々の滑り出しである。タイ人はホラー、というかお化け映画がちょっと異常なまでに好きなのだ。
「サッパロー」(英題 The Caretaker)とは、遺骸の洗浄、包装、納棺から荼毘に付した後のお骨拾いまで、遺体の世話をする役目の寺男のことで、一種の職業でもあり、遺族は葬儀の後、「サッパロー」に幾らか包むのが習慣になっている。サッパローの息子チュートは、大学卒業後弁護士を目指していたが、父親が病気になり不本意ながら遺体処理業の跡を継ぐことになる。ところがこの青年、人一倍幽霊が怖い人、遺体処理人に最も向いていない人なのである。一方、もう一人の主人公、村の青年チアンは、亡くなった昔の恋人に再会するために、霊媒師でもあるチュートの父親から死者と交信する術を学ぶ。さて、チュートは立派にサッパローの代役を果たし、チアンは恋人と再会することができるのか?・・・という話のようだ。
ホラー(お化け)、コメディ、純愛とタイ人の好む要素が一つの映画に詰まっていることが、映画の成功の理由かもしれない。また、映画の舞台が、サラカディー誌が紹介しているお化け文化の中心、イサーン地方であることも、映画の強みだったろう。イサーンは、タイで一番、人口の多い地域であり、イサーンの人たちは、同じ方言を話し、自分たちと同じように幽霊、妖怪を怖がる登場人物に共感を抱いたいに違いないのだから。
政治家や、制作者が、大ヒットに悪ノリして、「タイのお化け文化をソフトパワーに」などと言い出しているが、これはどうだろう。以下、映画の予告だが、ホラー映画と言うには怖くなさすぎるし、コメディとしては「笑いのあや」がタイ的すぎるような気がした。だが、予告の最後で、主人公の青年が恋人の名前(Bai Khao) を呟く場面では、なぜか感動してしまった。(しかし、主人公は一人のキャラクターにまとめられのではないか?)予告に英語字幕をつけているのは、日本のインディー映画の作り手も見習うべきだろう。「ネットから世界的に火がつく」ということが常にありうる時代なのだから。
以下、映画の公式トレイラー。
<了>



