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私の好きな洋画 その十

  • 執筆者の写真: akiyamabkk
    akiyamabkk
  • 2024年7月1日
  • 読了時間: 6分

更新日:2024年7月26日



落穂拾い。しかし、今更思うのは「映画見てないな、ぜんぜん」


例えば、「太陽がいっぱい」が入ってないのは、この映画を見たことは確かだが、本編自体よりも、その周辺で見聞きした情報の方が厚くなってしまい、映画自体の印象が薄くなってしまっているからだ。再見しないのは、基本的にアンハッピーエンドの映画が嫌いだからだろう。


「太陽がいっぱい」以外は、フランス映画を殆ど見ていない。ベルイマンなども一作も見ていないし、フェリーニは「道」と「8 1/2」しか見てない。(あ、「道」を入れるの忘れてた。) ビスコンティは「若者の全て」は見たような気がするが、他の作品は難解そうで敬遠している。そういう人間が、ホウホウの体で選んだ100の映画ということでご容赦を。


「抵抗の詩」という東欧かどこかの映画を入れるのを忘れた。この映画は、早稲田のアクトミニシアターで、終電までの時間つぶしにうつらうつらしながら見たのだが、偶然目が覚めた時、眼前に展開したシーンに衝撃を受けた。 パルチザンの少年たちを銃殺する命令を拒んで、ある若い兵士が、憤然と小銃を投げ捨て、その場を立ち去ろうとするのである。とたんに背中を一発ズドン。この兵士は、これでジ・エンド。「人々の称賛を受けることもなく5秒でジ・エンドとなる英雄的行動に何かの意味があるだろうか?」寝ぼけた頭でそういうことを考えたが、酔っていたためか、涙がダラダラ流れてきた。


以下、ここに挙げた映画について触れておく。


「スクールオブロック」このスクールは、学校という意味と、学派、教派みたいな意味を両方かけていると思う。ジャック・ブラック演ずるロック狂いの男が、同居している友人になりすまして有名進学校の代用教員に就職し、子供達を丸め込んでロックバンドを作ってしまう、そういう映画。突破者的オタクキャラというのは、この人のハマり役、というかそういう役しかやっていないのではないか。


「地獄の黙示録」では、マーロン・ブランド演じるアメリカの陸軍大佐が、ベトナムのある部族に君臨して、独立した王国の王のようになっている。これを見て、子供の頃読んだ「カチンの首かご」というノンフィクションを思い出した。ビルマ戦線で戦った日本の敗残兵が、カチン族に救世主に祭り上げられ、部族の長となる実話である。映画の結末が難解なのは、マーロン・ブランドがデブになりすぎて暗殺シーンが撮影できず、牛の屠殺シーンとブランドの横顔でお茶を濁したためのよう。迫力だけはある映画だった。


「荒野の用心棒」黒澤明の「用心棒」の大変に忠実なリメイク。「七人の侍」をリメイクした「荒野の七人」よりも原作に忠実なのは、「用心棒」の原作が、ハメットだかのハードボイルド小説だからだろう。「対立する組織をけしかけて共倒れになるまで戦わせる」という発想や、「善悪定かならぬ」というタイプの主人公は、元々、ハードボイルドのものなのだ。クリント・イーストウッドが、日本的に少しは人情味がある三船の三十郎を、ハメット流のドライな元祖タフガイに先祖返りさせたという印象である。


「知りすぎていた男」北アフリカのある町、(モロッコだろう)、旅先のホテルで、夜のお出かけのための身支度をしながら、ドリス・ディが男の子と歌う「ケセラセラ」のシーンが素晴らしい。ジェームス・スチュアート主演だが、この映画はドリス・ディの映画だと思う。「裏窓」「めまい」もそうだが、ヒッチコック作品でのジェームス・スチュアートは常に女優の引き立て役だ。


「サイコ」裸の体をナイフでグサグサと刺される、これは、真剣を手で掴んでしまうのと同じくらい生理的に嫌だ。映画は、この感覚的な怖さが一番で、異常心理的なもの、犯罪実話的怖さは、自分には、それほどでもなかった。映画よりも、実話の方がずっと怖いし、映画としては「羊たちの沈黙」の方が怖い。それにしても、アンソニー・パーキンンスは、この役を受ける事で、その後のキャリアを台無しにしたのではないか。それとも、もう、青春スターとしては落ち目だったからオファーを受けたのか。とにかく、このキャスティングの効果は当時、絶大だったと思う。


「トゥルークライム」クリント・イーストウッドが、家庭にも仕事にも行き詰まったロートル記者を演じる。陪審裁判での人種偏見というアメリカ社会の大問題を扱っているのだが、それほど深刻にならず、死刑執行という文字通りの「デッドライン」を切られた、冤罪事件の真犯人究明を、ハラハラさせながら楽しませてくれる。このあたりの匙加減は、さすがに大ヒットメーカー、クリント・イーストウッドだな、と感心した。注射による死刑執行のシーンを、この映画で初めて見た。


「バットボーイズ」アカデミー賞でクリス・ロックを殴り、実は頭が悪いことを露呈してしまったウェル・スミスより、この映画で相棒役を演ずる、間抜け面をした、あの愛嬌のある黒人俳優が好きである。好きだが、名前は失念した。ビッグママとかいう名前の映画も面白かった。ウェル・スミスも、「エネミーオブザステート」でジーン・ハックマンと共演した時は、いじめられ方にコメディアンとしての味がまだ残っていて良かったが・・・(あ、「エネミーオブザステート」を入れるのを忘れた。)


「ザ・コップ」亡くなった姉貴がジェームス・ウッズのファンで、彼のことを「ウッズ様」と呼んでいた。ウッズ演じる主人公の刑事は、まだ4歳くらいの幼い娘に、この世の中冷酷な現実に早く慣れさせるために、捜査中の事件の事などを毎晩話して聞かている。こういう異常な男の家庭生活がうまく行くはずはなく、妻との関係は破綻するのだが、自分にも同じくらいの年頃の孫がいるので、このサイコパス刑事の気持ちがわからなくもない。要するに、「この子も大きくなると、色んな目にあうのだろうな」と思うと、耐えられない気持ちになるわけで、強迫神経症の一種の防衛機制だろう。


「パッチアダムス」ロビン・ウィリアムス主演の社会派映画。題名は実在する在野の医者の名前で、アメリカの医療制度の改革を訴え、実行した人らしい。自分が作った無料診療所で、ホームレスの男に恋人が殺された後、主人公が、恋人との思い出の場所である渓谷を訪れ、崖上に立つ。明らかに自死を考えているのだが、その時、崖下から、黄色い蝶が舞い上ってきて、主人公の肩に留まるのである。この蝶が何を意味しているか、日本人には明らかだろうが、あちらにも「生まれ変わり」という観念があるのだろか。


「リプレイスメント」キアヌ・リーブスが落ちこぼれアメフトチームのクォーターバックを演じる正当派スポ根コメディ。ヘッドコーチ役が、ジーン・ハックマン。全編悪ふざけに終始する「メジャーリーグ」などより、スポ根ドラマとしては、こちらの方が好きだ。「スピード」と並んで、キアヌ・リーブスの好青年的魅力が際立つ映画ではないか。ヒロイン役の行きつけのパブの女主人が、素晴らしくセクシー。テーマ音楽として使われた、I will survive も良かった。


これにて洋画編終わり。 ではでは


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