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私の好きな洋画 その九

  • 執筆者の写真: akiyamabkk
    akiyamabkk
  • 2024年7月1日
  • 読了時間: 3分


この回は、YouTube のお陰で、パブリックドメインとなったものを初めて見ることができたり、再見して印象を新たにしたり、あるいは、その映画の存在を知って見るにいたった映画を選んだ。いずれにしろ、出逢いにYouTubeの存在が欠かせなかった映画である。


「見知らぬ乗客」交換殺人ものの嚆矢だが、そこからさらに捻っている原作のアイディアがスゴイ。こんなことをされたら困り果てますぞ。犯人が、主人公にヘンな執着を抱いているところは、今で言う、ストーカーだ。同性愛も少しは入っているのかもしれない。


「駅馬車」活劇シーンも良いが、ジョン・フォードは、理想化されたアメリカの縮図を駅馬車の人間模様で描こうとしたのだろう。旅の途中で赤ん坊が生まれ、朝日の中であらくれ男達が歓声を上げるシーンに大感動。


「愛の調べ」シューマン夫妻の美しい愛の物語。しかし、クララがブラームスの求婚に応じなかったのは、シューマンが梅毒にかかっていたことを知っていたからでは、とか、梅毒菌の子供達への影響は?とか色々余計なことを考えてしまう。映画は梅毒については触れていない。


「素晴らしきかな!人生」リアルにディストピアを描いておいて最後にファンタジーで救うという手法を確立した名匠フランク・キャプラの傑作。これならなんでもハッピーエンドにできてチョー便利。(笑) おそらく映画監督としてのキャプラ の主な関心はディストピアによる社会批評にあり、ファンタジーによるハッピーエンドは観客のためである。


「スミス氏都に行く」田舎から来た素朴だが賢い男が、都会の軽薄で功利的な輩と対立し、最後には勝利する。強いですなあ、この物語の類型は。そういえば「オペラハット」もそうだった。ずっとくだって「クロッコダイルダンディー」なんかもそうなのである。このパターンを作り出したキャプラ は偉い!


「チップス先生さようなら」の戦前バージョン。ピーター・オトゥールのはリメイク、というか同じ原作を元にした戦後バージョンなのですね。第一次大戦を背景に、あまりセンチメンタルではない英国版「二十四の瞳」を見た印象。


「Latcho Drom〜Safe Journey」インド北西部からスペインまでジプシーの歴史的旅を各地の音楽で綴ったセミドキュメンタリー。YouTube がなかったら、この映画を見ることはなかったろう。ラストのフラメンコ歌手ラ・カエタのシャウトが圧倒的。


「ベンゴ」アンダルシアに根を下ろしたジプシーファミリー間の葛藤を描く。監督はLatcho Drom のトニー・ガトリフ。主演男優の、いつもびっしょり汗をかいているような、酒飲み風情がよい。一種のミュージカルでもあり、上述のラ・カエタも出演する。


「チャップリンの移民」カラー化されたものをYouTubeで見た。チャップリンの浮浪者は移民船でアメリカにやってきた裸一貫の移民だったのだ。アメリカだからあたり前なのだが、この映画を見るまでちゃんと意識したことがなかった。移民がアメリカに根をおろし、まともな生活をするために奮闘する姿を描くのが、チャップリンの一連のサイレント映画だったわけだ。


「チャップリンの黄金狂時代」これは最初、1990年代初頭のカンボジアで見た。セリフがないから、翻訳してタイトルを入れたり、吹き替えたりする必要がない。当時のカンボジアにそんなことをする余裕はないから重宝されたわけだ。そういう状況でも、バラックのお茶屋さんのテレビで、みなで映画を見て大笑いしていたのだから、チャップリンの無声映画は偉大だと思うし、これこそが映画の存在理由だとも思う。版権にうるさいチャップリンの子孫たちは鼻じらむかもしれないが、自分の映画が、戦火と大量虐殺から立ちあがろうとするカンボジアの人たちに、少しの憩いの時間を与えられたとしたら、チャップリンも泉下で喜んでいるに違いない。私はそう思いますね。


ではでは


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