私の好きな日本映画 その三
- akiyamabkk

- 2024年6月29日
- 読了時間: 4分
「カルメン故郷に帰る」日本初のカラー映画にこの題材を選んだ木下恵介の土性骨というか、反骨精神はすごい。さすが「陸軍」を作った人だ。ストリッパーの帰郷を描いたこの作品は、楽しくて、ほんわか笑える喜劇だが、日本人としては、ちょっと恥ずかしい映画でもある。根底には、この監督が、「日本の悲劇」で非情に徹して描いたような、戦後社会に対する批判があるのだと思う。でも、私は、この映画に出てくる、みっともない日本人が好きなのだ。カリカチュアされているが、「私達の両親や、今は亡き祖父母達がそこにいる」という感じがするのですな。
以下も簡単に。
「少年」大島渚はこの映画しか見ていない。傑作。両親に当たり屋を強要されながら、根室に流れ着いた時、少年がつぶやく「次は宇宙だね」というセリフに衝撃を受けた。「もう死ぬしかないね」という意味の「少年語」だろうが、これは、まず間違いなく、実在の事件の少年が取材の過程で語ったか、日記か何かに記したかしていたのだ。想像で出てくるセリフではない。映画人が調べて書いた脚本の傑作。脚本は「青春の殺人者」の田村孟。
「お茶漬けの味」育った境遇の違いから反発しあっていた夫婦が、夫の海外への単身赴任を機に呆気なく和解してしまう。ただそれだけの話しで、世評もそれほど高くないが、父親を早く亡くしたせいか、自分は、夫婦が仲良くするのを見るのが好きなのだ。鶴田浩二がとっぽい現代青年の役で出てくるのが笑える。佐分利信もいい感じだ。この人を見ると、戦後、ソ連に抑留されていた「東京の叔父さん」を思い出す。
「ツィゴイネルワイゼン」鈴木清順の映像美云々はどっちでもいいが、この映画を思い出すと、ボーっとしたようなへんな気持ちになる。大谷直子が泣きながら蒟蒻をちぎるシーンが夢に出てきたような気がするのだ。
「陽のあたる坂道」学校をサボって家にいた時、たまたま昼のテレビやっていた。石坂洋二郎の原作も読んだと思うが筋は忘れた。「登場人物がやたらに理路整然に話す」と言う記憶があるが、山田太一のドラマの登場人物がやたらに論理的な長弁舌を振るのは、このあたりの影響ではないか。この映画で芦川いづみが好きになり、その後も、何度か学校をサボって日活映画を見た。上京してから、「幕末太陽伝」を名画座で見た時、彼女が出ているのを見つけて嬉しく思った。
「事件」大岡昇平原作の法廷ドラマ。永島敏行が好きなので見たのだと思う。大竹しのぶの演技を褒める人が多いが、自分は、あの舌足らずなセリフまわしがわざとらしくてダメだ。松坂慶子のアバズレぶりが良かったし、推理作家協会賞を受賞した大岡昇平の原作なのだから、面白くならないはずがない。野村芳太郎は、この映画で社会派監督として評価されたから、横溝正史の「八つ墓村」にも社会性を持ちこもうとしてヘタを打ったのだと思う。
「おとうと」公開当時、名カメラマン宮川一夫が特殊なテクニックで渋い色を出した事が評判になったようだが、今なら、デジタル処理で簡単にできるのではないか。だから、今見るならば、そこはどっちでもよくて、ただただ岸惠子を見て泣く映画だと思う。特に、ラストシーン、看病疲れで待合室でうとうとした岸恵子がはっと目を覚まして、病室へ行こうとする、あの場面。姉貴に世話になった経験のある男で、あれを見て泣かぬものはいないだろう。
「近松物語」溝口健二はよくわからないのだが、この映画は好きだ。どんどんどんどんと鳴らされる太鼓の音が、主人公の男女を破滅に駆り立てて行くようで恐ろしい。密通の罪を犯して刑場に引かれて行く二人の表情の晴れがましさを、映画評論家の佐藤忠夫が、封建制度下の理不尽な法に対する「恋の勝利」と表現していたのが印象に残っている。
「Shall We ダンス?」最近、偉い人の役ばかりやる役所広司だが、こういう、生活に疲れた、ミドルエイジクライシスの渦中のサラリーマンのような、小市民的な役がハマる人ではないのか。それから、大貫妙子の歌うテーマ曲、Shall We Dance? が素晴らしい。あの、ふんわりとした歌い方が大好きだ。オリジナルよりいいと思うくらい。
「赤ひげ」何故か評価が低いが、大傑作だろう。佐藤勝作曲のテーマ音楽も大好きで、「七人の侍」のテーマよりも好きなくらいだ。山本周五郎の「赤ひげ診療譚」も読んでいるが、これほど、映画と原作のイメージがぴったり重なった映画は珍しいのではないか。随分、脚色もして、エピソードを省いたり、膨らませて新しい話しにしたりしているにも関わらず・・・である。やはり、三船敏郎が、赤ひげ役にはまっていた事が大きいだろう。吉原の大門の前で、ヤクザの用心棒を赤ひげが叩きのめすシーンなど、観客へのサービスで付け加えたのではなく、原作に元々、その要素があるのである。
ではでは




