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◇チャップリンの「殺人狂時代」と原爆

  • 執筆者の写真: akiyamabkk
    akiyamabkk
  • 2024年7月23日
  • 読了時間: 3分

更新日:2024年8月4日



チャップリンの半生を20数分で解説したビデオクリップ。だから、めちゃくちゃに早口だが、最近はオート字幕という心強い味方がある。95パーセントくらい正確に英語を書き起こしてくれる感じあり、わからなければ止めて読んで辞書を引けばいい。


チャップリンは、映画「殺人狂時代」の中で、連続殺人鬼ベルドゥー氏に最後の法廷陳述で、「破壊兵器を科学のスイを集めて作る連中と比べれば、私などは殺人のアマチュアに過ぎない」と語らせている。


この映画が公開された1947年当時、チャップリンが経営する United Artist は経営危機にあったのだが、解説者は、この映画について、以下のように述べている。


「ユナイテッドアーティストの経営改善のためにも、チャップリンは『街の灯』のような映画を作るべきだったが、そうはせずに、アメリカ人一人一人にヒロシマの責任を負わせるような映画を撮ったのである。」


1945年8月12日付けのニューヨークタイムズ

撮影期間は1946年4月〜9月の間。原爆投下から半年以上経過している。原子爆弾のニュースは、投下当日に既にラジオや新聞で報道され、写真も掲載されていたから、訪日経験もあり親日家だったチャップリンが、ヒロシマ・ナガサキを念頭におかずに「科学の粋を集めて作った破壊兵器」に言及したとは考えにくいのである。


上の動画クリップでも、現代アメリカの映画解説者が、あのセリフから、ヒロシマ、ナガサキの原爆を当然のように想起して、あのように語っている。


1947年当時、そこまで突き抜けて戦争そのものを批判してしまったら、「正義の戦争」の勝利に酔っていたアメリカに、危険人物として嫌悪されたのは当然だろう。その上、この映画のラストで、連続殺人鬼ベルドゥーは、「一人殺せば犯罪者だが、100万人殺せば英雄になる」と言い放って、教誨師の悔い改めの誘いをキッパリと拒否して死刑場に赴くのである。これが、キリスト教国アメリカの逆鱗に触れないはずはない。チャップリンは、この映画を原因の一つとしてアメリカへの入国を禁止された。


スターリンへの手放しの礼賛など(チャップリンが「共産主義シンパ」だったという事は濡れ衣ではなく事実だったと思う)、チャップリンもいくつも過ちを犯しているが、やはり、ものすごく先見の明があった人だと思う。また、我々日本人は、こういう作品を戦後すぐに作って、戦勝国の「正義の戦争」の非人道性を批判してくれたチャップリンに恩義に感じるべきではないか。


以下、チャンプリンの公式YouTubeから



Verdoux: Oui, Monsieur, I have. However remiss the prosecutor has been in complimenting me, he at least admits that I have brains. Thank you Monsieur, I have. And for thirty five years I used them honestly, after that… nobody wanted them. So I was forced to go into business for myself. As for being a mass killer, does not the world encourage it? Is it not building weapons of destruction for the sole purpose of mass killing? Has it not blown unsuspecting women and little children to pieces, and done it very scientifically? As a mass killer, I am an amateur by comparison. However I do not wish to lose my temper, because very shortly I shall lose my head. Nevertheless, upon leaving this spark of earthly existence, I have this to say…..I shall see you all very soon……



ではでは



参考


アジア日誌記事


以下、殺人狂時代について

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