◇「街の灯」の残酷なラストと淀川長治
- akiyamabkk

- 2024年7月23日
- 読了時間: 3分
更新日:2025年4月15日
※ タネアカシあり。ラストシーンについての話なので、チャップリンの代表作のネタを完全に割っています。それらの映画(街の灯、モダンタイムズ、キッド、ライムライト)を見ていない方は、読まないことをお勧めします。

先日、コメント欄で、「街の灯」の話題が出たとき、この映画のビミョーなエンディングの事を思い出しました。どなたかも指摘していたが、あの、実は辛辣な映画批評家であったサヨナラオジサンは、この映画を単純なハッピーエンドとは考えていないのですね。
恩人であるチャップリンの浮浪者を、手術で見えるようになった目で初めて見たヒロインの失望感、その失望感を押し殺して、感謝の気持ちを伝えようとする内心の葛藤が、みごとに表現されたエンディング、ま、そんな感じの解釈をしていたと思います。
吉行淳之介を唖然とさせた「太陽がいっぱい」の解釈(吉行との対談でこの映画を「ホモセクシャルの映画」と断言し、驚く吉行を説得してしまった)といい、一筋縄ではいかない人だったのじゃないでしょうか、この人は。「嫌いな映画に出会ったことがない」などと言うのは、おそらく営業用の嘘じゃないかと。
一筋縄で行かないのはチャプリンも同じで、「モダンタイムズ」のラスト、一文無しになったチャップリンとツレアイが、まっすぐに彼方に続く道をあるいていく後ろ姿、希望があるような、ないような、微妙なラストでしたね。ツレアイがいないよりはなんぼかマシだが、やはり、二人の未来に明るいものはないのですね。保証なき社会の荒野を、二人だけで歩き続けなければならないのだから。
この間、ホームレスの老人カップルを若い奴らが追い回して、男性の方が殺される事件がありました。このニュース を聞いて「モダンタイムズ」のラストを思い出してしまった。それが彼らの末路なのだ・・・とまでは言いませんが、そう感じさせるような「救いのなさ」もあのエンディングにはあるのですね。だからこそ、映画を作った人の「二人の未来が恙無くあるように」という、祈りにも似た思いも伝わってくるわけです。
一般的なイメージと違って、チャップリンは単純なハッピーエンドの映画を、ほとんど作らない人だったと思います。「ライムライト」は、自分が用無しとなったことを悟って自死とも言えそうな最期を遂げる老芸人の話だし、一見、ハッピーエンドの「キッド」も、チャップリンの浮浪者が警察に連行されるまでが現実で、ラスト30秒のどんでん返しは「絵空事だよ」というチャップリンの目配せが感じられます。伏線も何もない、あまりにも安直な、急転直下のエンディングですから。
チャップリン自身、幼少時代、地を這うような貧乏を経験した人で、何かのインタビューで、「貧乏であることは地獄です。そこに美化できるものは何もありません」と答えていたと思います。だから単純な「ヒューマニズムのお約束」に準じたラストシーンを作るのが嫌だったのではないか。そして、そういうチャップリンの本音が噴出したのが、最高傑作「殺人狂時代」であった。・・・と、私は勝手にそう考えております。
サヨナラ、サヨナラ、ではでは(笑)




