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◇「幸福の黄色いハンカチ」(1978) 映画感想文

  • 執筆者の写真: akiyamabkk
    akiyamabkk
  • 2024年7月23日
  • 読了時間: 2分

※チャップリンの「殺人狂時代」のタネアカシあり


「幸福の黄色いハンカチ」は好きな映画。キャスティングで圧倒的にコールド勝ちした映画と言っていいのではないか。


先ごろ、井上尚弥とノニト・ドネアとの再戦が「13ラウンドからの戦い」として話題になったが、我々は、島勇作という主人公が登場した時、既に12ラウンドを見終わっていたのだ。高倉健のヤクザ映画のヒーローとしての前半生が、網走の刑務所から出所した、この九州出身の主人公の前半生と完璧に重なりあったのである。映画の演出がキャスティングから始まるとしたら、これほど効果的な演出はないだろう。この後、観客としての我々は、主人公の人生の再チャレンジを固唾を呑んで見守るだけなのである。


キャスティングの意外性による演出効果のもっとも高名な例は。チャップリンの「殺人狂時代」だろう。ヒューマニズムの旗手、人間愛に溢れた喜劇王とされていたチャップリンが、冷酷卑劣な連続殺人犯を演じて、最期には、教誨師の悔い改めの誘いさえキッパリと拒否して断頭台に赴くのだから、見るものはおったまげた。そして、観客は、ブラックユーモア、という言葉の枠の中に収まりきれないチャップリンの冷え冷えとした本音を感じ取ったのである。(映画は抱腹絶倒の喜劇である。念のため)


「黄色いハンカチ」のキャスティングにそこまでの鋭さはないが、この効果は、勿論、山田洋次監督の狙いうったものであり、観客は、映画の主人公と共に、役者として再出発を遂げた高倉健を、暖かく応援し続けることになる。健さんが、国民的大スターとなった所以だろう。


高倉健は、あまり好きな俳優ではないが、この映画と「山口組三代目」、最晩年の「単騎、千里を走る」は好きである。「居酒屋兆治」もまあまあ好きだ。若い頃のガラッパチ風の高倉健は面白いと思うが、後年の、半ば神格化された、ナルシスっぽい健さんはあまり好きではない。だいたい、本当に不器用な人は、自分で「不器用ですから」などと言わないものだろう。セリフとして言わされているとはいえ、なんか恥ずかしい。


ではでは

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