「単騎千里を走る」(2005年)
- akiyamabkk

- 2024年7月24日
- 読了時間: 4分

高倉健がいい人役をやるようになってからは、あんまり好きではない。ヤクザ映画でも「いいモン」でしたが、「いい人」役をやるようになってミョーな健さん神格化が始まるのですよ。でも「幸福の黄色いハンカチ」とこの映画は好きですね。あと、「八甲田山」、外国映画では「ブラックレイン」。
この映画、日中合作のロードムービーだが、中国人ガイドの日本語訳が必ずつくので、字幕なしでも全てが理解できる。ガイドがその場に居ない時は、携帯を通じて話をしてもらったり、こういうところを丁寧に作っているから、観客は健さんと一緒に中国を旅している気分になれるのですな。別に、監督が張何某だからといって、マジックがあるわけではない。
また、中国内陸部の雄大なロケーションが素晴らしい。ああいう大自然の中でなら、「鉄道員」では笑ってしまった健さんの過剰に重い演技も、背景に釣り合ってくるのですね。中国側の共演者にも助けられている。特に、服役中の京劇役者を演じた俳優が素晴らしい。見た方でないとわからないでしょうが、この人の眼!「まなざし」という言葉を久しぶりに思い出した。エンドロールの名と役名が同じだから、おそらく本物の舞台俳優、あるいは舞踏家でしょう。名前は李加民。
全般的に、素人を起用したという中国側の演技陣に高倉健は喰われてました。健さんの場合、例えば、泣く時に、どこで鼻をすすり、横を向いて、拳で口を覆うか、だいたい読めるのですね。あえて言えば、ルーティーンの演技しかできない大根役者。ところが、この映画で初めて、高倉健は、ミモヨモナイという風の、素の泣き顔を見せる。しかもそれが、「仮面を被った人生の生きづらさと、そこからの解放」という映画の主題を見事に表現しているという・・・これは、名監督、張芸謀の手腕。感服しました。
音楽もいいですね。使われている楽器は胡弓だろう。作曲は、Guo Wenjing、郭文景という人。ここにメモしておきます。
では
<感想文2>
下はタイのテレビで放送された時の予告編
下は、タイのテレビで放送された時に書いた感想文。いつものことですが、「批評」とかではなく「感想文」です。
◇単騎、千里を走る (2005)
※かなり致命的なタネアカシあり。ご注意を。
映像はタイの衛星テレビ局の番組宣伝から。高倉健のタの字も出てこず、中国映画の名匠、張芸謀監督作品とだけ紹介している。これが現在のアジアでの率直な評価だろうと思う。高倉健は、ここでは、たんなる老俳優としてしか認識されていない。
映画は「病床にある息子との関係を修復するために、息子が研究していた中国の仮面劇を探して中国を旅する父親(高倉健)の話し」・・・である
と、こう書いても、ストンと胸に落ちる人は少ないだろうが、映画の筋の方に無理があるのだから仕方がない。とにかく、息子が成しえなかった中国仮面劇の撮影を、息子に代わって仕遂げるために、中国を旅する父親のロードムービーである。「息子と仲直りするためになんでそんなまどろこしい事を?」という当然の疑問はとりあえず呑み込んで見ていると悪くない映画だと感じた。
旅の終わり近く、日本からの電話で息子の死を知り、崖上に立って涙を流す高倉健の顔に驚いた。この人の、このように自然な表情を今まで見たことがなかった。いつものように、カッコをつけて鼻を啜るルーティンをするのかと思っていたのだ。息子の死を悲しむ、素のままの父親の姿がそこにあるように感じた。
この老俳優に、長年被っていた仮面を脱がせた張監督の手腕はすごいと思う。「仮面を被った人生の生きづらさとそこからの解放」という映画に通底するテーマを、長年囚われてきた自己イメージから解放された役者の素の顔を通じて見事に表現したのである。
中国内陸部の雄大なロケーションが素晴らしいし、旅の厄介さを丹念に描いた演出が手堅く、見るものは健さんと一緒に旅をしているような気分になれる。健さんが旅の最後に獄中で出会う仮面劇の踊り手は、おそらく現実のプロの舞踏家だろう(役名と実名が同じである)。この人の澄み切った目がいい。まなざし、という言葉を久しぶりに思い出した。この人以外も、多くの役に素人を起用したという中国側のキャストが抜群に良いと思った。高倉健に、ルーティーンの、お約束の演技をさせなかったのは、彼らかもしれない。
映画の採点 8/10
ではでは




